熱処理は、材料の特性を最大限に引き出すための重要なプロセスです。特に、炭素含有量や炭素当量は、焼入れや焼戻しといった処理の適性を判断する上で欠かせない指標となります。本記事では、熱処理に適した炭素含有量の目安や代表的な材料例を紹介するとともに、硬度や処理方法の選定に役立つ情報を詳しく解説します。適切な熱処理を行うことで、部品の性能や耐久性を向上させ、加工現場での品質管理を強化する手助けとなるでしょう。
熱処理(焼入れ・焼戻し)可能な炭素含有量の目安
熱処理硬度は目安値を示します。焼入れ可能判定は、炭素含有量(炭素当量)によります。
熱処理硬度と焼入れ可能性の関係について
熱処理硬度は、材料が熱処理を受けた後に得られる硬さを示す目安値であり、材料選定や設計時に重要な指標となります。ただし、実際に焼入れが可能かどうかは、主に**材料の炭素含有量(炭素当量)**によって判断されます。
熱処理硬度の目安値
- 熱処理後に得られる硬度は、材料の組成や熱処理条件(冷却速度、焼戻し温度など)に依存します。
- 提示される硬度値は、設計段階での参考値であり、製品の最終的な特性は実際の処理条件により変動します。
焼入れ可能性の判定基準
- 炭素含有量(炭素当量)
- 炭素含有量が高いほど、焼入れによって高硬度を得やすくなります。ただし、過剰な炭素量は脆性の増加を招くため、適切なバランスが求められます。
- 炭素当量(Ceq)を用いることで、炭素以外の合金元素(Mn, Si, Crなど)が硬化能力に与える影響を総合的に評価します。
- 炭素当量の目安
- 一般的に、Ceqが0.3~0.6程度であれば焼入れ可能性が高いとされます。
- Ceqが低い場合(0.3未満)は、急冷による硬化が十分に得られない可能性があります。
留意事項
- 実際の硬度試験が必要
- 提示された目安値に基づいて設計する際は、実際の熱処理後に硬度を測定し、設計条件を満たしていることを確認する必要があります。
- 焼入れの適用条件
- 部品の形状、サイズ、冷却条件によっては硬度分布が不均一になる場合があるため、条件に応じた熱処理計画が重要です。
- 脆性と硬度のバランス
- 焼入れにより高硬度が得られても、同時に脆性が増加する可能性があるため、焼戻しを適切に行うことで靭性とのバランスを取ることが推奨されます。
炭素含有量の目安
- 熱処理可能(溶接難)炭素含有量
- 炭素含有量0.4%以上
- 材料例:S45C、S55C、SCM435、SCM440、SACM645
- 溶接可能(熱処理不可)炭素含有量(浸炭焼入用)
- 炭素含有量0.25%以下
- 材料例:SS400、S15C、S20C、SCM420
- 溶接割れに対する炭素当量の目安:
- 一般に溶接割れはHv<350の場合、炭素当量=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14<0.44%で発生しにくいが、これ以上の場合には予熱が必要。
焼入れ組織:ハーフマルテン硬度(50%マルテン)
調質は焼入れした時の組織がマルテンサイトになっていることが重要です。焼入臨界硬さ(ハーフマルテン硬さ)以上が良いとされています。
調質処理における焼入れ組織と焼入臨界硬さの重要性
調質(焼入れ+焼戻し)処理は、材料の強度と靭性を高めるための重要な工程です。この際、焼入れによって形成される組織がマルテンサイトであることが、調質の効果を最大限に引き出すために不可欠です。
焼入れ時のマルテンサイト形成の重要性
- マルテンサイトの特性
- 焼入れによりマルテンサイト組織を形成すると、高硬度と強度が得られます。これが調質処理による最終的な機械的特性の基盤となります。
- 調質の目的
- 焼戻しにより、マルテンサイトの脆性を抑えつつ、適切な靭性と強度のバランスを実現します。
焼入臨界硬さ(ハーフマルテン硬さ)
- 定義
- 焼入臨界硬さ(ハーフマルテン硬さ)とは、焼入れ後に材料の組織がマルテンサイトを50%含む硬さのことを指します。
- 基準値
- 焼入れ後の硬さがこの値以上であれば、十分なマルテンサイト組織が形成されているとみなされ、調質処理が効果的に機能します。
- 推奨条件
- 焼入れ硬さがハーフマルテン硬さ未満の場合、フェライトやパーライトが多く残り、期待される強度や靭性を達成できない可能性があります。
焼入れ成功の要因
- 炭素含有量と焼入性
- 材料の炭素含有量や炭素当量が適切であること。
- 冷却速度の管理
- 臨界冷却速度以上の冷却速度を確保し、均一なマルテンサイト形成を促す。
- 部品形状の適合性
- 大型部品や複雑な形状では、内部まで十分な冷却が届かない可能性があるため注意が必要。
留意事項
- 硬さ試験の実施
- 焼入れ後に硬さを測定し、ハーフマルテン硬さ以上を確保できていることを確認します。
- 焼戻しの適切な設定
- 焼戻し温度と時間を適切に設定し、マルテンサイト組織を安定化させながら望ましい機械的特性を得ることが重要です。
- S45Cの場合:
- 焼入最高硬さ HRC=30+50×C%=30+50×0.45=52.5
- 焼入臨界硬さ HRC=24+40×C%=24+40×0.45=42
焼入れした時、ハーフマルテン硬さ以上になっているか確認するとよいです。また、調質有効直径は焼入時中心部がハーフマルテン硬さ以上になる最大直径です。
熱処理の種類
機械設計における熱処理の種類を理解する重要性
機械設計では、製品の性能や耐久性を最大限に引き出すために、適切な材料選定だけでなく、その材料に施す熱処理の種類を理解し、活用することが求められます。熱処理は、材料の強度、靭性、耐摩耗性、耐疲労性などの特性を大きく変化させ、設計の信頼性や効率を向上させる鍵となります。
熱処理が設計に与える影響
- 材料特性の調整
- 熱処理により、材料の硬度や靭性を調整できるため、使用条件に最適化された部品を設計することが可能です。
- 例:高硬度が求められる部品には焼入れ+焼戻し(調質)、衝撃に耐える部品には焼なましを採用。
- 摩耗や疲労への耐性向上
- 表面硬化処理(例:浸炭、窒化)を施すことで、部品の摩耗や疲労寿命を延ばすことができます。
- コストと性能のバランス最適化
- 必要以上に高価な材料を選定する代わりに、熱処理で性能を引き出すことで、コストパフォーマンスを向上させる設計が可能です。
主な熱処理の種類と用途
- 焼入れ・焼戻し(調質)
- 高硬度・高強度が求められる部品に適用。
- 用途例:ギア、シャフト。
- 焼なまし
- 材料の内部応力を除去し、加工性や靭性を向上。
- 用途例:フランジ、加工前の素材。
- 表面硬化処理(浸炭、窒化、高周波焼入れ)
- 表面を硬化させ、耐摩耗性を向上。
- 用途例:カム、軸受。
- 焼戻し
- 焼入れ後の脆性を抑え、靭性を向上。
- 用途例:スプリング、工具。
- 時効硬化
- 合金材料の強度を向上させるために適用。
- 用途例:アルミニウム合金、チタン合金の部品。
設計者が熱処理を知るメリット
- 設計自由度の向上
- 材料特性を活用することで、軽量化や高耐久性設計が可能。
- トラブル防止
- 使用環境に適した熱処理を選ぶことで、摩耗、亀裂、変形の発生を抑制。
- 製造現場との連携
- 加工条件や熱処理プロセスを理解することで、製造工程との調整が円滑に進む。
熱処理の種類を正しく理解し、その特性を活用することで、より信頼性の高い設計を実現できます。設計段階から熱処理を考慮することで、製品寿命の延長やコスト削減にもつながります。
- 焼ならし処理:S45C、S55C大径材
- 圧延後空冷:微細パーライト
- 非調質:非調質鋼(例:SVdT30、愛知製鋼)
- 焼ならし+析出硬化処理(炭素鋼+V、バナジウム炭化物(VC))
- 圧延後空冷:微細パーライト+析出硬化
- 調質(焼入れ・焼戻し):S45C、SCM440、SACM645
- 靭性化処理:マルテンサイト
- 焼入れ焼戻し(硬化処理):SKD61、SKD11、SKH51
- 表面硬化処理:高周波焼入、浸炭焼入、軟窒化、ガス窒化
- 析出硬化処理:SUS630(Cuの析出)
熱処理と硬度
材質 | 熱処理硬度 | 深さ |
---|---|---|
1. 焼ならし | ||
S45C | HRC12~16 | 部品全体 |
S55C | HRC13~18 | 中心部は低い |
2. 調質 | ||
S45C | HRC17~23 | 部品全体 |
SCM440 | HRC24~30 | 部品全体 |
SACM645 | HRC26~30 | 中心部は低い |
3. 高周波焼入れ・焼戻し | ||
S45C | HRC47~53 | 0.5~1.0 |
SCM440 | HRC49~56 | |
4. 焼入れ焼戻し | 部品全体 | |
SKD61 | HRC48~52 | 部品全体 |
SKD11 | HRC56~60 | 部品全体 |
SKH51 | HRC60~64 | 部品全体 |
5. 浸炭焼入れ・焼戻し | SCM420 | HRC58~61 |
6. ガス軟窒化(タフナイト) | SACM645 | Hv1000 |
SKD61 | Hv1000 | 5~20μ |
SCM440 | Hv600 | |
S45C | Hv500 | |
SS400 | Hv350 | |
7. 塩浴窒化(タフトライド) | SUS630 | Hv1000 |
8. 析出硬化 | SUS630 | HRC35~40 |
9. ガス窒化 | SACM645 | Hv1000(0.3mmHv600) |
SKD61 | Hv1000 |
この表を参考にして、適切な熱処理方法と硬度を設定し、材料の特性を最大限に引き出しましょう。
熱処理基本用語
- 焼入れ
鋼をオーステナイト化したのち急冷し、オーステナイトの一部または全部をマルテンサイトに変態硬化させること。 - 焼なまし
鋼をオーステナイト化したのち変態温度範囲を徐々に冷却し軟化させること。 - 焼ならし
鋼の組織を常態化するため、変態点以上適当な温度に加熱した後静かな大気中で冷却する操作。 - 焼もどし
焼入硬化した鋼や鋳鉄を適当な温度に保持したのち適当な速度で冷却し靭性を与える熱処理。 - 析出硬化
過飽和固容体を適温に加熱するとき、ある組織成分が析出することによって起こる硬化をいう。
表面硬化
- 火炎焼入れ・焼戻し
酸素・アセチレン炎などを用いて急速加熱後直ちに注水するか、その他の冷却により任意の表層の焼入れ硬化を行うことをいう。また、焼入れされた部品を粘くするため低温焼戻し実施。(150~200℃) - 高周波焼入れ・焼戻し
高周波電流を利用して表面を加熱焼入れする方法をいう。また、残留応力のバラツキ低減のため低温焼戻しを実施。(≒200℃) - 浸炭焼入・焼戻し(はだ焼き)
はだ焼きとは鋼の表面部を硬化するため、浸炭した後適当な熱処理を施す操作をいう。また、焼入れされた部品を粘くするため低温焼戻し実施。(150~200℃) - 窒化
520℃近傍の例えば70%NH3+30%H2混合ガスの中で鋼の表面に窒素を浸透させ、硬い硬化層を得る方法をいう。 - ガス軟窒化
570℃近傍の例えばRXガス+NH3混合ガスの中で鋼の表面に窒素を浸透させ、硬い硬化層を得る方法をいう。窒化鋼以外にも用いられタフナイトとも呼ばれる。SUS系は温度上昇中に酸化皮膜が形成され処理がうまくできないので不可。 - 塩浴窒化
520~570℃の低温の塩浴で窒化する方法をいう。得られる硬さは普通の窒化より低いが疲労強度と耐摩耗性がます。窒化鋼以外にも用いられタフトライドとも呼ばれる。SUS系でも処理可。
熱処理組織
- マルテンサイト
オーステナイトを急冷した場合に、Ms点以下の温度で変態して生ずる焼入れ組織の一つで、顕微鏡では一般的に針状を呈する。 - ベーナイト
ベーナイトとは炭素鋼または合金鋼を焼入れ温度から150~500℃の熱浴に焼入れて恒温変態を起こさせたときに生ずる組織をいう。顕微鏡で見ると特長ある羽根状、または針状を呈する。 - ソルバイト
完全焼入状態であるマルテンサイトを焼戻しした時の組織で、フェライトとセメンタイトの微細な混合組織となる。 - パーライト
焼なまし又は大径材で焼が入りにくい場合に生ずる組織でフェライトとセメンタイトの層状組織となる。
その他
- 不完全焼入れ
鋼材の芯部までマルテンサイト組織にならず、フェライト、ベイナイト、パーライトなどの組織が混在するような焼入れを不完全焼入れという。 - 焼割れ
焼入れの際に発生する割れで急冷による熱ひずみと変態ひずみの2種類あるが、大部分は、オーステナイトからマルテンサイトに変態する時の異常膨張によるものである。
これらの基本用語を理解することで、適切な熱処理方法を選択し、材料の特性を最大限に引き出すことができます。
硬度の目安
熱処理は鋼材の強度と硬度を向上させるために重要な工程です。以下は、鋼材の代表的な熱処理及び表面処理による硬度の目安と、その具体的な硬度範囲を示した表です。設計に使用する際は、材質や大きさによって異なるため、実績を確認した上で使用することが重要です。
まとめ
熱処理の成功には、材料の炭素含有量や炭素当量に基づいた適切な処理方法の選定が不可欠です。この記事で紹介した目安や硬度データを参考にすることで、効率的かつ効果的な熱処理を実現し、製品の品質向上に貢献できるはずです。正確な知識と判断に基づき、最適な熱処理条件を設定して、材料特性を最大限に活用してください。
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